セールスマン(映画)

評価★★★★☆

シネマカリテで上演中

「暴力の連鎖は不幸な結末を招くー」。今年のアカデミー賞外国語映画賞を受賞したイラン映画「セールスマン」は、ある事件をきっかけにすれ違う夫婦の日常を描きつつ、グローバルな課題について鋭く問題提起する。

監督のアスガー・ファハルディは、トランプ米大統領の入国禁止措置への抗議のためにアカデミー賞受賞式を欠席。「別離」でベルリン映画祭金熊賞の受賞経験もある社会派監督の決断は、大きな波紋を呼んだ。

タイトルの由来、アーサーミラー作「セールスマンの死」は劇中劇として登場する。俳優で大学教授の夫エマッド(シャハブ・ホセイニ)と女優の妻ラナ(タラナ・アリシュステイ)が、ウィリー・ローマンとリンダを演じるわけだ。

彼らが実生活で引っ越した直後、男が新居に侵入して入浴中のラナに暴行。犯人探しに躍起となるエマッドと、心身ともに深い傷を負い、警察沙汰にしたくないラナの思いは交錯する。

しばらく日常的な出来事が繰り返された後、エマッドは怪しい車を手掛かりに、ある若い男に犯人の目星をつける。仕事上の依頼と偽って自宅に誘き寄せると、やって来たのは男の義父だった。

義父に真実を話して義息を連れて来させようとするが、ある決定的な証拠から目の前の老人が真犯人と分かる。全体の3分の2ほどが経過した時点、ある意味で壮大な前置きが終わる。

ここからが、作者でもある監督の主張と言えるのだろう。心臓病を患う老人は、家族にばらされないよう必死に謝罪し、隙を見て逃げようとする。エマッドは彼を個室に軟禁し、家族を呼び寄せる。

このときのエマッド・ラナ夫婦の心境のズレが興味深い。「帰してあげましょ」と懇願する妻。夫は容赦ない。

ここで脳裏に「セールスマンの死」の存在が引っ掛かる。事業で失敗して借金を背負ったローマンが自死を選び、リンダに保険金が下りるという物語だ。

劇中劇で夫妻を演じるエマッドとラナの役に対する思いが、老人への対し方に現れるように思えるのだ。

自殺を選んだ不憫なローマンと、目の前の老人を重ねて見たラナ。リンダのために孤高な決意で死ぬ自身の役への共感から、絶対に許せないエマッド。二人のすれ違いは、ここでピークに達する。

と同時に、老人は心臓病の発作で倒れる。過剰な復讐劇は、被害者夫妻にも不幸をもたらす。ある時点での「許し」は、世界中で起こる様々な問題の教訓にもなり得る。

ラスト、老人が救急車で搬送される側を、ラナが茫然自失でトボトボと歩き去る。劇場の楽屋に場面が切り替わり、二人はメイクを準備している。果たして、まだ夫婦なのだろうか。全体的に余白が多く、想像して楽しめる作品だった。